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【2019/11/14 09:32 】 |
生命の存在する目的とは。
1.人の存在意義→生命の存在理由。

2.生命の当面の目的。

3.地球は使い捨て?

4.人類は生命の代表

5.一番重要な役割。

6.人それぞれがもつ役割。
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【2010/01/12 04:58 】 | 未選択
1.人の存在意義→生命の存在理由。

本当のところは分からない。
言えることは、生命の存在に理由があるのか、ないのか。二つに一つだろうということ。

理由はない。単なる現象である。・・・この考えだとここで終わってしまう。

このブログではもう一つの、「分からないがなんらかの理由、目的があるのだろう。」という立場で話を進めて行く。
そうしないとこのブログの存在理由がなくなる。
【2010/01/12 05:35 】 | 未選択
2.生命の当面の目的。

当たり前のことであるが、目的が何にせよそれを達成するには死んでしまっては出来ない。

つまり真の目的が何であるか分からないとしても、「真の目的を達成するために生き続ける」ということが「とりあえずの目的」ということになる。

ここでは生命の存在する真の目的は分からないにしても、その一つ手前の「当面の目的」について語って行く。

ここで言う「生き続ける」というのは「遺伝子を伝えて行く」ということを意味する。
いかなる形であれ遺伝子が途切れることなく続いて行くということは、いつかは目的を達する機会に遭遇する可能性があるからだ。
逆に全生物の遺伝子が途切れるということは生命の絶滅を意味し、再びなにもない原始の海から数億年の時をやり直さなければならないということだ。
 

【2010/01/14 23:33 】 | 未選択
3.地球は使い捨て?
ここの所あらゆるメディアで「地球を大切に」ということが叫ばれている。
われわれを含むすべての生物の温床である大切な地球を傷つけてはならない。
「地球にやさしい」を売り言葉にあらゆるエコ製品が開発され販売されている。

もはや「地球を守ること」は疑いようのない全人類のコンセンサスのように語られている。

たしかに地球は大切でありそれに異議を唱えるつもりはない。
しかしそれは期限付きのものであって絶対的なものではないということを忘れてはならない。

今後50億年かそれ以上か確かなことは知らないがいずれは太陽は膨張し地球は飲み込まれると言われている。もしそうならないとしてもいずれは地球に生命が存在出来なくなる時がやって来る。

人々がどんなに地球を大切にしようとも地球には住めなくなる。
当面の目的」である「遺伝子の存続」を実現するにはいずれは地球を離れなくてはならないということだ。

ようするに地球は「人類が新天地を求めて旅立つまでもてばいい」ということになる。
しかしだからといって地球を粗末に扱ってかまわないということではない。
言い換えると人類が旅立つその日までは「地球をもたせなければならない」ということでもあり、けっして人の活動によって地球の本来の寿命を縮めてはならないということでもある。
【2010/01/15 00:27 】 | 未選択
4.人類は生命の代表

今の所遺伝子を伝え続ける可能性を持っているのは人類である。人類が生命を代表してその運命を委ねられている。そう考えると人類以外の生命は人類の役割に貢献することが彼等の役割となる。

牛やその他の食用動物はその肉や乳を人類に供給するために存在し、植物や鉱物も人類の発展、引いては生命の存続のために存在する。
これはまさに人類の奢り高ぶった危険な考えかもしれない。

しかしこれまで述べて来たことが全生命の目的であるならば避けては通れない考えでもあると思う。

この世の中に「大いなる存在」または「宇宙の意思」などというものが存在するのかどうかは知らないが、森羅万象様々なものを見ていく時、多くのものが人類の発展に収斂(しゅうれん)しているように思えてくる。
単純な例で言うと、人類が使用する燃料として石炭が用意され、さらに発展した段階で石油を採掘出来るようになっている。木材にしても人類が利用するのに非常に適しているし、竹などはどうぞ使って下さいと待っているようにも見えて来る。
果物もそうだ。多くの果物が人にとって魅力的だ。バナナなどはその最たるものだろう。全く果肉に触れずに食べることが出来、細長くて人の口のサイズにあわせたように食べやすく出来ている。しかも栄養も豊富だ。

「大いなる存在」が人類を「生命の代表」として選んだとして、彼等が目的を達成する日まで生かさなくてはならない。その栄養源として大量の食料を用意することも出来るだろうがそれではやがて腐ってしまう。それよりも常に新鮮なものを得られるように「生き物」として用意したのだ。じつによく出来たシステムだ。人類が食べ尽くす前に新たに新鮮なものが生み出されて行く。人類がよほど無茶をしない限り食料には困らないはずだ。

というような妄想を抱きたくなるくらい人類は自然をうまく利用して来た。
だがこのような妄想が本当だとしたら、もし人類が「生命の代表としての役割」を果たせないと判断された時には、その「大いなる存在」が人類に見切りをつけた時には、用の無くなった人類は一瞬のうちに滅ぼされるのかも知れない。所謂「最後の審判」なのかも。
 

【2010/01/15 00:39 】 | 未選択
5.一番重要な役割。

このように考えてみた。
いずれ地球に住めなくなってやがてはどこかの惑星なり新天地に旅立たなくてはならないとしたら、人類にとって世の中で一番重要な仕事は宇宙飛行士ってことになるのか。

「当面の目的」である「遺伝子の伝達」を直接担う人々。

しかしこうも考える。
彼等だけで宇宙に飛び出すことは出来ない。
そうなるとロケットを開発する人々、それを実際に作る人々。宇宙服を作る人。
宇宙開発に関わるすべての人々が人類にとって最も重要な役割を担った人々ということになる。
 

【2010/01/15 01:19 】 | 未選択
6.人それぞれがもつ役割。

人類の中で宇宙飛行士は確かに重要な役割を担っている。
しかしさらに考えを深めて行くと彼等を支える多くの役割があることが分かってくる。

例えばスポーツ選手は宇宙飛行と特に関係がないように思えるが、オリンピック選手をみると分かるように常に人類の限界を求めて鍛錬を重ねている。これは人類の限界の探求をそれとはしらずに行っているのかもしれない。
人類がやがて宇宙に飛び立った後、どこでどのような困難に遭遇するかも知れない。
その時には人類はより頑強であった方がいろいろな面で有利である。

では芸術家はどうであろうか。歴史を見ていくと戦時には常に役に立たない存在とされて来たものでもある。
しかし宇宙飛行士のみならず宇宙船に乗った多くの人々は想像もつかないような長旅を経験することになり様々な精神的な支えが必要となるだろう。そうなると心を癒す絵画や音楽といった芸術もおろそかには出来ない存在と考えられる。

このように考えていくと、ちょっとこじつけ臭いが、現在世の中に存在するあらゆる職業がそれぞれの意味を持っており、一部の犯罪的なものを除いて殆どのものが必要なものだとも言えるのだ。

【2010/01/15 02:51 】 | 未選択
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